馬頭琴はなぜ白馬の骨で作られた?『スーホの白い馬』哀しき真相
小学校2年生の国語教科書に掲載され、世代を超えて日本人の心に深く刻まれている名作『スーホの白い馬』。貧しい羊飼いの少年スーホと愛馬の絆、そして理不尽な別れの末に生まれるモンゴルの伝統楽器「馬頭琴」の物語は、誰もが一度は涙した記憶があるはずです。
しかし大人になった今、ふと疑問に思うことはないでしょうか。「なぜ白馬は自らの骨や皮、毛を使って楽器を作れと告げたのか」「物語は実話なのか、それとも創作なのか」。モンゴルの過酷な歴史的背景や伝説の真実を紐解くと、教科書だけでは語り尽くせなかった深遠なメッセージが浮かび上がってきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:馬頭琴は白馬の「いつも一緒にいられるように」という魂の願いから骨・皮・毛を素材にして誕生した。
- 要点2:物語の原型は内モンゴルの民話であり、大塚勇三氏の再話と赤羽末吉氏の横長絵本によって不朽の名作となった。
- 要点3:教科書の指導現場では単なる悲劇にとどまらず、生命の尊厳や権力への不屈の精神を学ぶ題材として高く評価されている。
【あらすじを再確認】『スーホの白い馬』の切ない結末と殿様の非情な仕打ち
物語の舞台は、果てしなく広がるモンゴルの大草原。貧しい遊牧民の少年・スーホはある日、道端で倒れていた生まれたばかりの白い子馬を助け、家族同然の愛情を注いで育て上げます。白馬は見事な名馬へと成長し、あるとき開かれた競馬大会で見事に一着を勝ち取りました。
大会の褒美は「一着になった者を領主(殿様)の娘婿にする」という約束でした。ところが、優勝者が貧しい身なりのスーホだと知った欲深い殿様は前言を撤回。スーホに銀貨3枚を投げつけて追い払い、白馬を力づくで奪い取ってしまいます。
殿様に従わず暴れた白馬は、逃げ出す際に無数の矢を射掛けられ、血を流しながらもスーホのゲル(天幕)へと帰り着きます。必死の看病もむなしく、愛する白馬は息を引き取りました。悲嘆に暮れるスーホの夢枕に立った白馬は、自らの身体を使って楽器を作るよう告げます。こうして生まれたのが、哀しくも温かい音色を奏でる伝統楽器「馬頭琴」でした。
【誕生の理由】なぜ白馬の骨や毛から?馬頭琴(モリンホール)の哀しき由来
『スーホの白い馬』において最も象徴的であり、読者の胸を締め付けるのが馬頭琴の製作シーンです。夢に現れた白馬はスーホに次のように語りかけます。「私の骨で琴の棹(さお)を、皮で胴を、筋で弦を、尻尾の毛で弓を作りなさい。そうすればいつでもあなたのそばにいられる」と。
モンゴル語で「モリンホール(Morin Khuur=馬の楽器)」と呼ばれる馬頭琴は、先端に誇らしげな馬の頭部が彫刻されているのが最大の特徴です。弦と弓には本物の馬の尾毛が束ねて張られており、擦り合わせることで「草原のチェロ」と称される深く温かい重低音を響かせます。
遊牧民にとって馬は単なる家畜ではなく、過酷な自然を生き抜くための唯一無二の相棒であり、家族以上の存在です。白馬が自身の肉体を楽器に変えさせたのは、「死を超越して魂を響き合わせ、永遠にスーホと共に草原を駆けるため」という究極の愛の誓いでした。形骸化した物質としての死を、永遠に生き続ける音楽へと昇華させた点に、遊牧文化特有の死生観が色濃く反映されています。
【実話なのか?民話の真相】モンゴルに伝わる起源伝説『フフー・ナムジル』との関係
多くの読者が抱く「スーホの物語は実話なのか」という疑問について、結論から言えば特定の個人を記録したドキュメンタリーではなく、モンゴルに古くから伝わる口承民話(起源説話)が基盤になっています。
モンゴル国(外モンゴル)には古くから『フフー・ナムジル(ジョノン・ハル)』という有名な馬頭琴起源伝説が存在します。これは「翼を持つ天馬に乗って遠方の恋人に会いに行っていた男が、嫉妬深い女に馬の翼を切り落とされて失い、嘆き悲しんで馬の体から楽器を作った」という神話的色彩の強い物語です。
一方、私たちが親しんでいる『スーホの白い馬』は、中国領内の内モンゴル自治区に伝わっていた民話を、中国の民俗学者・文芸家である朝戈麓(チョグラ)や蕭甘(ショウカン)らが採取・記録したバリエーションに基づいています。階級闘争や権力者の横暴に立ち向かう遊牧民の姿が色濃く反映された、より人間味と哀愁に満ちた民話として編纂された経緯があります。
【名作絵本の誕生背景】大塚勇三と赤羽末吉がモンゴルの大地に託した情熱
日本において『スーホの白い馬』がこれほど広く知られるようになった立役者が、児童文学作家の大塚勇三氏と絵本画家の赤羽末吉氏です。1967年に福音館書店から出版された大型絵本は、日本の絵本史に輝く金字塔となりました。
かつて満州や内モンゴルの地で暮らし、現地の壮大な自然に魅了されていた赤羽末吉氏は、モンゴルの地平線を表現するために異例の「横長画面」を採用しました。見開きいっぱいに広がる赤褐色の夕焼けや、夜の草原の静寂、そして吹き抜ける風の描写は、読者を一瞬でユーラシアの内陸へと引き込みます。
大塚勇三氏による無駄を削ぎ落とした格調高い日本語と、赤羽氏の圧倒的な画力が見事に融合したことで、本作は1968年のサンケイ児童出版文化賞大賞や国際アンデルセン賞画家賞を受賞するなど、世界的な名声を得るに至りました。
【国語教科書と指導案】なぜ小学校で読み継がれるのか?物語の主題と伝えたいこと
光村図書をはじめとする小学校2年生の国語教科書に『スーホの白い馬』が採用され続けている理由は、単に美しい物語だからというだけではありません。小学校の指導案における重要な学習目標として、以下の深い主題(テーマ)が設定されています。
- 命の尊厳と他者への慈しみ:言葉を話せない動物と心を通わせ、真摯に向き合うことの尊さ。
- 理不尽な暴力への怒りと不屈の心:権力による搾取に屈せず、誇りを失わない生き方。
- 悲しみを乗り越える芸術の力:喪失の絶望を美しい音色(音楽)へと昇華させ、前を向いて生きる人間の強さ。
授業の現場では、スーホの心情変化を読み取るだけでなく、実際に教室で馬頭琴の音源を聴かせたり、演奏者を招いて体験授業を行ったりする実践が多く見られます。視覚と聴覚の双方から子どもの感性を刺激する教材として、今なお揺るぎない教育的価値を誇っています。
【独自の仕組み】「草原のチェロ」馬頭琴の構造と心揺さぶる音色
馬頭琴の音色は、バイオリンやチェロのような西洋弦楽器とは根本的に異なる発音原理を持っています。台形の木製共鳴胴に2本の弦が張られていますが、この弦は細い馬の尻尾の毛を数百本束ねて作られています。
一般的な擦弦楽器のように指板に弦を押し付けるのではなく、「爪の生え際や指の側面で弦を横から押し当てて音程を変える」という独特の演奏技法が用いられます。この独特の奏法により、草原を吹き抜ける風の音や、馬のいななき、駆ける蹄の響きを驚くほどリアルに表現できるのです。
倍音を豊かに含んだその響きは、聴く人の自律神経を整え、深いリラクゼーションをもたらすとも言われています。哀切を帯びながらもどこか包容力のある響きは、まさにスーホと白馬の絆そのものといえます。
【馬頭琴と『スーホの白い馬』】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現代の馬頭琴も本物の馬の骨や皮で作られているのですか?
A1:いいえ、現代の馬頭琴は木材(カエデやスギ、マツなど)で作られており、骨や皮は使われていません。ただし、伝統的な弦や弓には現在でも本物の馬の尾毛が用いられており、演奏スタイルによってはナイロン弦が併用されることもあります。
Q2:『スーホの白い馬』はモンゴル本国でも有名ですか?
A2:モンゴル本国では前述の『フフー・ナムジル』伝説が広く知られており、「スーホ」という特定の物語は内モンゴル地域や日本ほど一般的ではありません。しかし、日本の絵本文化を通じて国際的に認知が広がり、現在では文化交流の架け橋となっています。
Q3:なぜ殿様はスーホに白馬を返さなかったのですか?
A3:身分制度が厳格だった時代背景において、特権階級である殿様は「貧しい羊飼いが自分よりも優れた名馬を持つこと」を許せなかったためです。傲慢な権力者と純粋な庶民の対比が、物語のドラマ性を際立たせています。
まとめ:時代を超えて心に響き続ける絆のメロディ
『スーホの白い馬』と馬頭琴の誕生にまつわるエピソードは、単なる昔話の枠を超え、人間と自然、そして愛する存在との永遠の絆を私たちに教えてくれます。過酷な現実や理不尽な別れに直面したとき、その悲哀を美しい祈りへと変えていくスーホの姿は、現代に生きる私たちの心にも力強く語りかけてきます。
もし再び馬頭琴の音色を耳にする機会があれば、ぜひ大草原を駆け抜けた白馬と少年の物語に思いを馳せてみてください。その2本の弦から紡ぎ出される響きの中に、今も色褪せない温もりを感じ取ることができるはずです。 (出典: 馬頭琴 スーホ の 白い 馬(Yahoo!ニュース))